掌編小説「いらっしゃいませ三日月古書店」
息抜きに書いたものです。
「いらっしゃいませ」
店に入った僕を出迎えたのは、静かな雰囲気を持っている美少女だった。
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「行ってきま~す」
夏は本格的に暑くなりだした。日課の散歩もつらくなってきている。
駅前まで歩いてきた。視線の先にクラスメイトが五人。僕は目を合わせないで通り過ぎようとするが...
「あれ? 亮介じゃん」
話しかけられた。クラス理事をやっている東條だ。
「よ、よ...」
「どこ行くんだ?」
「とくには......。散歩だよ」
目をそらして答える。
「じゃあ、俺たちとゲーセン行かね?」
東條はそれに対しては反応しない。
「遠慮しておくよ。じゃあね」
「ああ、またな」
さすがにそっけなかっただろうか。しかしやっぱ行くとは言えず、そのまま彼らから離れる。
「亮介ノリ悪いよな」「東條、なんであいつさそったよ?」
後ろからそんな会話が聞こえてきた。
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結構時間が経っただろうか。あの時のことを考えていたからだろう。自分がどの道を歩いたのかわからない。道に迷ってしまった。周りを見渡すが、見たことあるようなものはない。
「あっ、スマホ...」
ポケットを探すが見つからない。置いてきたらしい。
「とりあえず歩いてみるか......」
「三日月書店...?」
やみくもに歩いていたら、住宅街の一角にポツンとある本屋を見つけた。カーテンがかかっており、中は見えない。入り口には小さな看板がつるさっている。三日月に座っている女の子のシルエットだ。
そうだ、ここで道を聞こう。
僕は扉に手をかけた。
カランとベルが鳴る。中は想像していたものではなかった。暖かい色をしたランプがいくつもつるさっていて、幻想的だ。おしゃれな本棚が所狭しと置いてある。
「いらっしゃいませ」
びくっとする。目の前に制服を着た女の子が立っていた。店員さんだろうか......
「あれ? 亮介くん...?」
「あっ」
黒のショートヘアで黒いカチューシャ。今気づいた。彼女は伊藤涼香。いつもクラスの端っこで本を読んでいる物静かな子だ。
「伊藤さん...」
「亮介くん、本好きなの?」
下からのぞくようなまなざしに少し、ドキッとした。
「ま、まあ...。少しだけ」
つい目をそらしてしまう。
「そうなんだ。ゆっくり見ていってね」
「うん...」
そういって伊藤さんは奥に消えていった。
カラン。また誰か入ってきた。何気なく見てみると、黒いコートを着た中年のおばさんだった。あまり広くはない店内をせわしなく回り、本を開いては閉じている。短時間で僕の後ろを九回くらい通った。
「ちょっと店員さん、聞きたいことが」
おばさんが僕の後ろで立ち止まった。
「はい、ちょっと待ちください」
......奥で何かやっているのだろうか。
そう思った瞬間だ。
「早く来なさいよ!」
おばさんが叫んだのは。
そうとうご立腹のようだ。そのあとすぐに、伊藤さんはやってきた。
「どうかなさいましたか?」
「どうかなさいましたか? じゃないでしょ。お客が呼んだんだから早く来なさいよね!」
「も、申し訳ございません。気を付けます...」
お客様は神様思考の人らしい。実際にこういう人いるんだな...。
「まあいいわ、今回は大目に見てあげる」
フンッと鼻を鳴らす。
「聞きたいことがあるのだけれど。『時計の針は動かない』っていう小説は売っているかしら?」
「蔵書の確認してきますね」
普通の対応だ。レジで検索ができるのだろう。伊藤さんがレジに向かおうとした時、
「信じられない! あなた、店員なのに本の場所がわからないの!?」
ちょっと待て。さすがに横暴だ。心配になって伊藤さんの方をうかがう。
「これくらい本が多いと、さすがに記憶しきれなくて......」
「多い? 狭い本屋じゃないのよ」
もはや誹謗中傷だ。思い通りにならないと気が済まないのだろうか。こんなに酷いお客は初めて見た。酷い客だし胸糞悪い場面。しかし、一お客の自分が割り込めのもなんとなくおかしい気がする。
悶々と考えがまとまらないまま、本棚に目を走らせていると、
「あっ」
「まったく...使えないわね~。本当にあなた本屋のてんい......」
「あ、あの...」
おばさんをさえぎって割り込んだ。こっちをにらんでいる。その視線に恐怖を覚え、舌が乾いてきた。伊藤さんが驚いた眼でこっちを見ている。ここで引き下がるわけにはいかない。勇気を絞り出さなくては。
「何よ? あなた...。邪魔しないでくれるかしら」
「さすがに...言いすぎじゃないですか?」
僕の言葉に、おばさんの目が見開いた。唇をわなわなと振るわせ始める。
「最近の若者は...なんて生意気な...の?」
激しく怒り出すが、徐々に声のトーンを落としていく。なぜなら、僕がおばさんの目の前に件の本を出したからだ。
「...これですよね?」
「え、ええ...。これいただけるかしら」
おばさんは、居心地が悪そうにレジに向かっていった。
「は、はい」
伊藤さんが慌ててついていく。
「またのお越しをお待ちしてます」
カランと音を立て、ドアが開いた。
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「亮介くん、ありがとう」
「そ、そんな、当たり前のことだからお礼なんて...」
突然のお礼に驚き、また目をそらしてしまう。
「伊藤さん、これを...」
それが申し訳ないという感情が、突如沸き上がってきた。一冊をさっと差し出し、財布を開く。
「それじゃあ......」
外に出て、ドアが閉まりきりようとしたその時、
「亮介くん、こんどは涼香でいいからね」
え......。
「またのお越しを待っています」
飛び切りの笑みを浮かべた。