掌編小説「いらっしゃいませ三日月古書店」

2018年12月23日

息抜きに書いたものです。


「いらっしゃいませ」

 店に入った僕を出迎えたのは、静かな雰囲気を持っている美少女だった。

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「行ってきま~す」

 夏は本格的に暑くなりだした。日課の散歩もつらくなってきている。

 駅前まで歩いてきた。視線の先にクラスメイトが五人。僕は目を合わせないで通り過ぎようとするが...

「あれ? 亮介じゃん」

 話しかけられた。クラス理事をやっている東條だ。

「よ、よ...」

「どこ行くんだ?」

「とくには......。散歩だよ」

 目をそらして答える。

「じゃあ、俺たちとゲーセン行かね?」

 東條はそれに対しては反応しない。

「遠慮しておくよ。じゃあね」

「ああ、またな」

 さすがにそっけなかっただろうか。しかしやっぱ行くとは言えず、そのまま彼らから離れる。

「亮介ノリ悪いよな」「東條、なんであいつさそったよ?」

 後ろからそんな会話が聞こえてきた。

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 結構時間が経っただろうか。あの時のことを考えていたからだろう。自分がどの道を歩いたのかわからない。道に迷ってしまった。周りを見渡すが、見たことあるようなものはない。

「あっ、スマホ...」

 ポケットを探すが見つからない。置いてきたらしい。

「とりあえず歩いてみるか......」

「三日月書店...?」

 やみくもに歩いていたら、住宅街の一角にポツンとある本屋を見つけた。カーテンがかかっており、中は見えない。入り口には小さな看板がつるさっている。三日月に座っている女の子のシルエットだ。

 そうだ、ここで道を聞こう。

 僕は扉に手をかけた。

 カランとベルが鳴る。中は想像していたものではなかった。暖かい色をしたランプがいくつもつるさっていて、幻想的だ。おしゃれな本棚が所狭しと置いてある。

「いらっしゃいませ」

 びくっとする。目の前に制服を着た女の子が立っていた。店員さんだろうか......

「あれ? 亮介くん...?」

「あっ」

 黒のショートヘアで黒いカチューシャ。今気づいた。彼女は伊藤涼香。いつもクラスの端っこで本を読んでいる物静かな子だ。

「伊藤さん...」

「亮介くん、本好きなの?」

 下からのぞくようなまなざしに少し、ドキッとした。

「ま、まあ...。少しだけ」

 つい目をそらしてしまう。

「そうなんだ。ゆっくり見ていってね」

「うん...」

 そういって伊藤さんは奥に消えていった。

 カラン。また誰か入ってきた。何気なく見てみると、黒いコートを着た中年のおばさんだった。あまり広くはない店内をせわしなく回り、本を開いては閉じている。短時間で僕の後ろを九回くらい通った。

「ちょっと店員さん、聞きたいことが」

 おばさんが僕の後ろで立ち止まった。

「はい、ちょっと待ちください」

 ......奥で何かやっているのだろうか。

 そう思った瞬間だ。

「早く来なさいよ!」

 おばさんが叫んだのは。

 そうとうご立腹のようだ。そのあとすぐに、伊藤さんはやってきた。

「どうかなさいましたか?」

「どうかなさいましたか? じゃないでしょ。お客が呼んだんだから早く来なさいよね!」

「も、申し訳ございません。気を付けます...」

 お客様は神様思考の人らしい。実際にこういう人いるんだな...。

「まあいいわ、今回は大目に見てあげる」

 フンッと鼻を鳴らす。

「聞きたいことがあるのだけれど。『時計の針は動かない』っていう小説は売っているかしら?」

「蔵書の確認してきますね」

 普通の対応だ。レジで検索ができるのだろう。伊藤さんがレジに向かおうとした時、

「信じられない! あなた、店員なのに本の場所がわからないの!?」

 ちょっと待て。さすがに横暴だ。心配になって伊藤さんの方をうかがう。

「これくらい本が多いと、さすがに記憶しきれなくて......」

「多い? 狭い本屋じゃないのよ」

 もはや誹謗中傷だ。思い通りにならないと気が済まないのだろうか。こんなに酷いお客は初めて見た。酷い客だし胸糞悪い場面。しかし、一お客の自分が割り込めのもなんとなくおかしい気がする。

 悶々と考えがまとまらないまま、本棚に目を走らせていると、

「あっ」

「まったく...使えないわね~。本当にあなた本屋のてんい......」

「あ、あの...」

 おばさんをさえぎって割り込んだ。こっちをにらんでいる。その視線に恐怖を覚え、舌が乾いてきた。伊藤さんが驚いた眼でこっちを見ている。ここで引き下がるわけにはいかない。勇気を絞り出さなくては。

「何よ? あなた...。邪魔しないでくれるかしら」

「さすがに...言いすぎじゃないですか?」

 僕の言葉に、おばさんの目が見開いた。唇をわなわなと振るわせ始める。

「最近の若者は...なんて生意気な...の?」

 激しく怒り出すが、徐々に声のトーンを落としていく。なぜなら、僕がおばさんの目の前に件の本を出したからだ。

「...これですよね?」

「え、ええ...。これいただけるかしら」

 おばさんは、居心地が悪そうにレジに向かっていった。

「は、はい」

 伊藤さんが慌ててついていく。

「またのお越しをお待ちしてます」

 カランと音を立て、ドアが開いた。

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「亮介くん、ありがとう」

「そ、そんな、当たり前のことだからお礼なんて...」

 突然のお礼に驚き、また目をそらしてしまう。

「伊藤さん、これを...」

 それが申し訳ないという感情が、突如沸き上がってきた。一冊をさっと差し出し、財布を開く。

「それじゃあ......」

 外に出て、ドアが閉まりきりようとしたその時、

「亮介くん、こんどは涼香でいいからね」

 え......。

「またのお越しを待っています」

 飛び切りの笑みを浮かべた。

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